今、台湾の若者に一番人気の日本人アイドルって誰だろう?『嵐』?『AKB48』?きっと違う。2017年台湾の総人口2355万人のうち、65人に1人が『三原慧悟』というYouTuberをフォローしています。日本で言うと100人に1人は市川海老蔵さんのブログを購読しているから、それ以上の数字ということに。今回のPinkoiマガジンは台湾で国民的アイドルを目指している『三原慧悟』という1人の日本人を密着取材しました。
『三原慧悟』ってどんな人?
まずは簡単に三原慧悟の紹介を。三原さんは慶應義塾大学在学中にTOHOシネマズ学生映画祭グランプリを受賞。そしてフジテレビに入社しました。しかしある日突然三原さんはこのフジテレビを退職して、台湾でアイドルを目指すYouTuberになってしまったのです。
誰もが羨ましがるような、映像クリエイターにとってエリート街道を歩んできた男。でもこの男『三原慧悟』がなぜ、誰もが憧れるステイタスを捨てアイドルになろうと思ったのか。なぜ台湾なのか。先日9月23日台北で開かれた三原さんの単独コンサートに密着し、気になることを全部聞いてきました。
※インタビューはコンサート翌日9月24日に行われました。
アイドルは「存在」そのもので周りの人を笑顔にできる力がある
まず昨日のコンサートが終わった感想を一言で言うなら?
ー 終わったー最高!って言うよりはホッとしたって言う気持ちの方が大きいですね。コンサートまでにYouTubeで100万回再生される動画を作ることが目標だったから。無事に100万回再生できて、ファンにその報告ができて良かった。この目標を作ってから6ヶ月間毎日悩んでいました。あー、本当に出来るのかな?って。
開演前、ライブハウス内の緊張感が徐々に高まってきた。全てのスタッフが輪になり士気を高める瞬間。
円陣を組み終わった後、三原慧悟はステージに残り何かを見上げている。静かな静寂だけがそこにあった。
私は初めてYouTuberと呼ばれる人のコンサートを拝見したんです。会場がすっごい盛り上がっていて。まさにアイドルそのものだなと。三原さんは台湾で「国民的アイドル」を目指して、動画を作っていますよね?でもただのYouTuberではなくて「アイドル」という点にこだわったのはなぜなんですか?
ー そもそも、僕はアイドルという存在が大好きなんです。昔から木村拓哉さんが大好きで。男としてすごく憧れています。
開演前の控室ではファンにプレゼントするボールにサインを書き入れていく。
ちょっと暗い話になっちゃうかもしれませんが、僕は昔友だちがいなかったんです。軽くいじめにあってて。教室の中で自分がここにいることをいつも申し訳ないと思っていた。でも、アイドルってその場に「いる」だけで、場がワーって盛り上がるじゃないですか。野球選手は野球を、歌手は歌うことで人の心を動かすけど、アイドルは「存在」そのもので周りの人を笑顔にできる力がある…。
開演直前の背中からはビリビリと緊張感が漂う
緊張しますかとの問いに「全然」とつぶやく三原慧悟
昔テレビで木村拓哉さんが女子校の卒業式にサプライズで出席するという企画を見たんですね。もう登場しただけで、全校ワーってなってみんな大騒ぎで、純粋にアイドルってスゴイなって思いました。
あとは企画としてキャッチーだと思ったんです(笑)芸人より歌手より。日本の普通の男が台湾でアイドルになりたいって面白いと思って。
三原Japanのメンバーと控室で談笑
台湾でYouTuberとして活動を始められて、2年ほどで37万人を超える人が三原さんのYouTubeチャンネルをフォローしていますよね。しかもフォロワーのほとんどは台湾人で「サンユエン(台湾での三原さんの愛称)だ!」って気づかれることも増えてきたのでは?
ー 最近、台湾で結構声をかけてもらうことが増えてきましたね。街中を歩いていると写真を一緒に撮ってくださいとか。
いよいよ、メイクをし本番の姿に
トレードカラーは赤色。赤色のハチマキを締めた彼の顔はさっきまでの様子とは全く違う
ー 台湾のファンは日本人に比べるとフレンドリーでぐいぐい来る。僕のイメージカラーは赤色なんですが、ときどき空港でも撮影する為に、赤色の服で飛行機に乗ることもあるんです。そうするとまず、機内でスタッフさんみんな集まって集合写真を撮ったり、飛行機を降りて入国手続をする時も、パスポートを渡すと「あ、サンユエン!」って話しかけてくれるんです(笑)。スーツケースを受け取るときも、仕事中なのに一緒に写真撮ってもいいですか?と聞かれたりとか。この台湾らしいおおらかで自由な雰囲気が大好きです。日本じゃありえませんよね。
あはは、本当にそうですよね。
特製のハッピを着込むと、意気込みをカメラの向こうのファンに語りかけた
今ではすっかり台湾の若い女性を中心に「アイドル」化された三原さん。でも、そもそもなぜ台湾でアイドルとして活動しようと決めたんですか?台湾という場所を選んだ理由を聞かせてください。
ー 高校生の時に3週間イギリスに留学したんです。その時に色んな国の人と知り合いました。でも、台湾人が一番仲良くしてくれた。一番僕に好意的に接してくれたんですね。その後、大学2年の時に一人旅に出ようと思った時に、迷わず台湾だと思って。それから何度も何度も台湾に来て、そしてどんどん好きになっていきました。その頃は自分が台湾でアイドルになるとは考えてもいなかった。ただ純粋に好きで来ていました。
開演30分前、メンバーとも離れ一人で体をほぐす
開演五分前。最後の円陣だ
3回目に来た時に、台湾で学生映画を作ったんです。その時は1人で台湾にやってきて現地の人とその場で仲良くなって、映画に出演してもらうという方法で撮りました。中国語は全然できないけど、英語と筆談でなんとかコミュニケーションをとっていましたね。台湾で1本映画を撮りきったことで、将来ここでもっと映像作品を作ってみたいなという気持ちが湧いてきました。
マイクでメンバーを紹介し、最後に三原慧悟が飛び出たところで会場のボルテージがいっきにMAXに
別の道を自分で切り開いて、辛いけど楽しい5年にしてみよう
三原さんは大学卒業後、「フジテレビ」に就職されました。誰でも知っているような有名企業を退職することで、周りからいろんなことを言われたと思うんです。もっといないとか、馬鹿じゃないのとか…。
ー はは、そうですね。僕は野心が人一倍強いと思うんです。お金とか女性にモテたいとかじゃなくて、単純に「有名」になりたいという想いが強い。どんな職業でもいいから、世間に認められる結果を出して賞賛を浴びたいんです。
登場した瞬間、彼のトレードカラーの赤色に着込んだファンが祝福をする
ー 大学生の時に作った映画が日本一になって、あぁ映像だったら自分は勝負できると思いました。だからフジテレビに入ったのも生意気ですが自分の中では当たり前で(笑)。僕以上の人材はいないと思っていました。
そんな気持ちでテレビ局に入社して、少しでも早くドラマを作りたくて。上司にも「若手がこれからは頑張っていかないと」とか「こんな才能がある人がここにいますよ、ドラマ作らせた方がいいですよ」とか腰低くアピールしていました(笑)。
舞台上に上がると、まったく緊張を感じさせない。まるで水を得た魚のよう
三原さんの懸命なアピールの結果はどうでしたか?
ー 幸運なことにとてもいい上司がいて,これまで前例がなかったけれど1年目の時にドラマを作らせてもらいました。自分で脚本を書いて監督もして。単発の深夜ドラマでしたね。
そして1本ドラマを作り上げた時に、「自分はできる」と思ったんですが、その後が続かなかった。結果的に1本記念に作っただけみたいになってしまった。
継続的にドラマの監督をするには、最低5年はADやって、うまく行けば6年目で監督にというルートが一般的なんですね。自分は運良く1年目で1本ドラマを作ることはできましたが、それでもまた一般ルートに戻って5年耐える必要があると、2年目の時に感じました。そこを短縮することはできないんだなと痛感してしまって。
表情が豊かな三原慧悟の顔から目が離せない
それと初めてドラマを撮った時に、別に人と違うことができているわけではない。結局自分も普通の作品しか撮れていない。ってことにも気づいたんです。それから自分がもっと人と違う作品を撮るためには、どうしたらいいのかって考えてみました。
考えた末、人と違う経験をしたほうがいいと思いました。昔から僕は自分のことを作品のテーマにするのが好きなんですね。自分の経験や悩み、感じたことをネタにして映像にかたちとして落とし込んでいくと言うか…。だから、自分「三原慧悟」がもっと面白い生き方をしなきゃ、面白いものは作れないと。
ファンが三原慧悟のTシャツを着て、赤いペンライトを振る
だからテレビ局でドラマを作れるまで5年かかるとして、その5年間を他の人と同じような辛い下積みをやるのは、なんか嫌だなと思った。どうせ5年かかるなら別の道を自分で切り開いて、辛いけど楽しい5年にしてみようって5年後に実力つけてたら、フリーという形でもドラマ作れるだろうし。
最初のドラマを作り終えてから、色んな悩みを抱えられていたんですね。
ー 1年位は悩み続けましたね。何が一番イヤだったかというと、自分はやる気がスゴイあるんです、すぐにでもまた新しい1本を作りたいって気持ちがあった。でも大企業だとやりたいことが制限される、やるべきこと・道が決まっている。5年という時間を待っているしかない。それがかっこよくないなと思った。悩んでいる間にも、何か行動をしたいと最初は会社へのアピールという形で、アイドル活動と動画制作を始めました。
台湾で国民的アイドルになるという大きな夢が、実は日本のテレビ局勤務時代の葛藤から生まれたんですね。アイドルという発想を思いついたきっかけは?
ー 考え抜いてアイドルになろうと思ったわけではなく、空から降ってくるように思いついた感じですね。一人の日本人が台湾でアイドルになる、この企画面白いぞって。
学生時代は演劇をしていたそう。舞台慣れしているのも納得
三原慧悟というアイドルの源は実はボビー・オロゴンさんなんです(笑)
最初、会社へのアピールとして始められた台湾でのアイドル活動ですが、初めて4ヶ月でもうフェイスブックのフォロワーが1万人を突破しましたよね。これは偶然ですか?それとも三原さんの想定通りでしょうか?
ー まずYouTubeをはじめた時は、日本にいる外国人が作って流行になっている動画を参考にしようと思いました。当時ゆずの曲をアメリカ人が全力で歌うYouTube動画が日本で爆発的に人気だったんです。
ー 歌詞もメチャクチャだし、すっごい音痴だし、でも必死で歌っている姿が面白いし可愛かった。まずはこれをやってみようと思って。当時台湾のカラオケで一番人気があったドンチードンチーという曲を、そのまま自分がぐちゃぐちゃな中国語なりに熱唱した動画を作ったんです。そうしたら案の定大ヒットしました(笑)。
初期のYouTube作品
ー この動画の大ヒットを受けて、日本で外国人がやってウケたことを台湾でもウケるか色々試してみました。この時、研究したのがボビー・オロゴンさん。彼の映像を見て、どんなことを言ったら面白いのかをひたすらメモして研究しました。そして画面上のテロップはどんなことが書かれているのかをチェックしたり。三原慧悟というアイドルの源は実はボビー・オロゴンさんなんです(笑)。
苦手な台湾名物の臭豆腐に挑戦している場面
まさか、ボビーさんが三原さんの台湾での人気を支えていたとは驚きでした!動画の作り方の話が出ましたが、台湾のファンに向けて他にどんな工夫をしていますか?
ー 台湾のテレビを参考にすることはあまりないかも。台湾人が普段見ているものを真似しても僕の個性が消えると思うんです。でも字幕の使い方はかなり参考にしているかな。台湾のテレビは日本とは違い、全てのセリフに字幕が入っているんですね。あと、効果音もかなり多く使います。あ、でも台湾のYouTuberの作品はかなり参考にしています。
大型スクリーンを存分に使った演出。会場全体で楽しめる
日本と台湾のYouTuberの違いってなんでしょうか?
ー 視聴者の好みは全然違うと思います。日本はとにかく「面白い」っていうのが一番大事で笑えるっていうのが最重要事項。でも台湾は日本よりももっとオシャレなスタイルですね。素人丸出しな感じよりも少しオシャレで洗練された動画を作るYouTuberが多いです。
三原慧悟だけではない、後ろのメンバーも個性が濃いんです
毎日どんなスケジュールで動画を制作しているんですか?
ー 朝起きたら、デスクに座って編集しています。ライブまではほぼ毎日動画をアップしていました。毎月1ヶ月分の動画スケジュールは先に決めて、そのスケジュールに沿って作業をしていくという感じです。日本にいる時はJunさん(三原Japanのメンバー)と一緒に運営して、台湾に来た時は僕一人で全部やります。
今は東京在住の三原さんですが、ライブ中に台湾に引っ越すと発表されました!
ー ははは、ポロっと言っちゃいました。本当は動画で発表したかったんですけど。今は日本で動画を撮影制作をすることが多かったんですが、結構台湾で撮りたいことが出てきてるので。もっと台湾でがむしゃらに動きたいという気持ちが高まり、決意しました。中国語ももっとうまくなりたいですし。
ステージから降りてファンと触れ合うシーンも
三原さんが台湾に引越しすると言った瞬間、会場がワーッと盛り上がりました。台湾で国民的アイドルになるという夢がまた一歩、三原さんに近づいたと感じました。
シンプルで飾り気のない舞台をあちらこちらと走り回る4人
日本を飛び出し37万人というファンを持つまでになった三原さん。これまで三原さんを一番サポートしてくれた人は誰ですか?
ー 台湾でYouTuberとして所属させていただいているCapsuleの社長ですね。アイドル三原慧悟の育ての親です。ネットに動画を投稿しはじめたころに、一緒にYouTubeをやろうと連絡をもらいました。YouTubeで一番数字が伸びるのって他のYouTuberとのコラボ動画なんですよね。動画投稿を始めた頃、社長に助けてもらいながら、有名台湾人YouTuberとコラボ動画を作れたのが今の成功に繋がったと思います。
ほぼ中国語で歌う。観客と一緒に声を上げる
昨日、幅広い年齢層のファンが三原さんのコンサートに足を運んでいるのを目にしました。中年の男性がいたり、子供も含めた家族連れで来ているお客さんもいたり。
ー 最初はやっぱりアイドルなんで、若い女性のファンが増えたらいいなと思い活動をしていました。でも実際に蓋を開けてみると、ファンの年齢層が広くてビックリです。男性のファンから自分がどう見られているのかは、実はあまりわかっていないんです(笑)。でも、YouTube自体が男性寄りのメディアじゃないですか、それで過去に再生数が欲しくてエロ目の動画を連発してたときもあったんです。それがウケてたのかなぁ(笑)。
おなじみの人気曲では会場中がシンクロしてダンスを踊る
今まで数多くの動画を発表されてきた中で、思い入れの強い動画はなんですか?
ー やはりこの半年で100万回再生をした2本ですかね。
※三原さんは2月に9月のライブまでに100万回を超える動画を作れなければ、アイドルを引退すると宣言していました。
私は個人的に「珍珠奶茶之歌(タピオカミルクティーの歌)」のPVが大好きです。曲を作る時は映像が先に浮かんできますか?それとも歌から動画を作っていきますか?
ー 曲を作る時は僕がまず歌詞を書いて、日本の作曲家の人に曲を作ってもらいます。でも動画に関しては先に曲から作るときもあるし、映像作品のアイディアを先に思いついて、そこから曲を作っていくこともあります。「珍珠奶茶之歌(タピオカミルクティーの歌)」は動画のアイディアから曲ができました。
なんと幕中、演歌歌手とコラボする場面も
今三原さんは笑える動画を中心に制作されていますが、最初はドラマがやりたかったわけですよね?
ー そうですね、最初は映画とかドラマがやりたかった。でも今のようなバラエティものも作ってみると楽しかったというのが本音。結局見てくれる人が楽しめるものなら何でも良かったんだって気づきました。
他にもコラボをしている企業の担当者とカラオケを歌ったり…
動画に寄せられたファンのコメントを参考にしますか?
ー 基本的に自分で全部決めて制作していくので、他の誰かにアドバイスを貰うことはあまりありません。だからこそ動画のコメントは必ず全て見ています。コメントの反応を見て、次に作る動画の内容を調整しますね。
ときにはネガティブなコメントがつくことも?
ー もちろんありますよ、そして見るとやっぱりへこみます。でも全員が好きなものってありえないと思ってて。アンチに対しては冷静に捉えています。昔、知名度が全然なかったころは批判的なコメントがまったくなかったんです。でもファンの数が増えていくにつれてアンチが出てきました。作品作りをしていく上で、批判的なコメントをもらうのはしょうがないことだと割り切っています。
みんな真剣に耳を傾けているから、バラード時には会場が一瞬静かになる。
知らない人であっても警戒心無くコミュニケーションを取ろうとする、平和な台湾が好き
台湾の好きのところを3つ教えてください!
ー まずは人。これは絶対に1位。あとは気候が好きです。僕の周りは台湾の食べ物が好きって言う人が多いけど、僕は食べ物にあまり興味が無いからなぁ。3つ目、3つ目なんだろう…。やばい2つしか出てこない(笑)。
僕の中で人の魅力がでかすぎるんです。台湾好き指数100%のうち90%は「人の優しさとゆるさ」ですね。日本人は細かいところまでに気にするけど、台湾では「そんなのもういいじゃん」っていう人が多いですよね。あと、人が困っている時に率先して助けようとする人が多いところも好き。知らない人であっても警戒心無くコミュニケーションを取ろうとする。一言で言うと、平和ですよね。
今回のコンサートのテーマは「歌は心」。
ー でも台湾はいいところたくさんあるのに、住んでいる人はそこに気づいていないんですよね。自分の住んでいる場所に自信がないというか。だから、台湾の人に台湾の魅力を伝えるコンテンツを発信したい。そして今後、日本でも有名になって台湾の魅力を日本人にもっと伝えたいですね。
これから3年後、三原さんはどんな人になっている予定ですか?
ー まず台湾でアイドルとして認められるようになりたい。そしてYouTubeだけではなく、僕の歌を聴きにコンサートに足を運んでくれる人をもっと増やしたい。知名度はありがたいことに徐々に上がってきているので、自分が作るコンテンツにお金を払ってもいいと思ってもらいたい。そんな価値の高いものを作っていきたいんです。
では10年後は三原さんは何をしているでしょうか?
ー 自分の人生を色んな作品を通して語り尽くして、週に2,3回偉そうに講演会をしてお金を稼いで暮らしたいです(笑)。アイドルはたぶんあと数年でやめるんじゃないかな。
でも三原さん憧れの木村拓哉さんも、まだアイドルとして活躍してますよ!
ー いやー僕じゃ無理(笑)。きっと歳をとるとキツイと思う。あと、アイドルをあと数年やりきったら、監督に戻りたいという思いもまだあります。
YouTuber、アイドル、映像作家として台湾で活躍をしている三原さん。海外で活躍の場を広げようとしているクリエイターにメッセージをお願いします。
ー 僕も偉そうなことはまだ全然言えないんですが、動画クリエイターとして台湾で仕事をして本当に良かったと思っているんです。日本にいるだけでは学べないことって本当にたくさんあるから。動画の作り方やメッセージの届け方など、2つの国から学べるということは本当に大きい。
そうですよね。日本にいるだけでは絶対に気がつくことができないもの、そして素晴らしいことは海の外に溢れていると私も思います。
最後にファンのみなさんに熱いメッセージを!
ー 今後動画もどんどん進化、バージョンアップしていくので楽しみにしていてください。そして聞かせるライブ、もっとみんな一緒に盛り上がる参加型ライブを目指して頑張っています。ぜひ、またライブを見に来てください!
テキスト:岸本洋子
写真:Kat
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