私が初めて河童堂の弓削さんに会ったのは、昨年台北で行われたPinkoiクリスマスマーケット会場内。
たくさんの台湾人の人だかりで賑わう河童堂のブースの前では、1人の女の子が困った顔をして、店主の弓削さんに中国語で一生懸命語りかけていた。偶然通りかかった私は、通訳のお手伝いをする。商品を無事に買えた女の子は満面の笑みを浮かながら、買い物袋を抱いて帰っていった。
それから、3ヶ月後。私は大阪で弓削さんと再会する。関西弁でワイワイざっくばらんに2時間夢中で話した。くすりと笑えるイラストの発想の源は何? そもそも活版印刷をやろうとしたきっかけは? そして台湾でクリエイターとして活動するということについて。
海外の人に、自分の作品が売れるわけないって思ってた
ー お久しぶりですね。昨年11月にあった台北でのPinkoiクリスマスマーケットぶりですよね。
弓削:
その節は本当にありがとうございました。通訳で助けてもらったおかげで、無事に予約をいただいていた商品を渡すことができて良かった!
ー あの場にいた女の子は、友だちのおつかいで河童堂さんのブースに来ていたそうですね。
弓削:
そうそう。最初に、来ると約束をしていた子が来れなくなって…、代わりに友だちが商品の受け取りに来てて…。
ー あの人だかり中で、予期せぬアクシデントに対応するのは大変ですよね。
弓削:
うん、台湾のマーケットに参加するのは4回目だったかな。確かに、これまでのどのマーケットよりも、熱気があった。もうトイレに行く暇さえなかった。
毎回、僕が台湾で出店するときは遊びに来てくれる台湾人の子がいて、今回も出店することを知ると真っ先にメッセージをくれて。大量に予約注文をしてくれてて。
ー それが、当日急に来れないことになって、慌ててお友達にお使いを頼んで…。
弓削:
そう、それでお互いGoogle翻訳を通してメッセージのやりとりをしてて。友だちが代わりに行くのでその子に渡してって。
ー なるほど、そのお使いにやってきた友だちとのやり取りの最中に私がちょうど通りかかったんですね。
ー 河童堂さんは台湾でマーケットイベントに積極的に参加されていて、海外ファンも多いですが、昔から「海外志向」だったんですか?
弓削:
Pinkoiのことを知ったのは、デザイナーサポート部門の台湾人スタッフの子にメールをもらって、マーケットに参加しませんかと誘われたのがきっかけ。きっとminneやCreemaで販売しているのを見てくれたからなんやろうね。
そういったお誘いがあるのはホンマに嬉しいことなんだけど、最初は面倒やなぁ。くらいにしか思ってなくて。
ー まぁ、海外ですもんね。しかも3年前って越境ECが今ほど盛んではなかったですし。
弓削:
国内でも、ネット上で商品を販売していくのって手間がかかることが多いから。店頭販売とは違って、商品を梱包して発送手配をしたり、メールでの質問に答えたり。そんな中で言葉も分からへん海外なんて、自分にとっては負担が大きすぎると思ってました。
ー お誘いを受け流していた?
弓削:
保留という感じで(笑)。
台湾人のハンドメイド品に対する情熱にビックリ
ー 面倒、怪しい、負担…。国境を越えた販売にネガティブなイメージを持っていた弓削さんが、クルッと意見を変えて、参加を決意したきっかけが知りたいです。
弓削:
ちょうどその頃、京都市内のお寺で開催されている「手づくり市」や「ハンドメイドマーケット」に積極的に参加をしていたんです。で、どこの会場に行っても台湾人のお客さんが多くて、めっちゃ印象に残っていました。
ー どんな印象?
弓削:
勢いがあるっていうか、爆買いの印象が強くて。周りで出店してた人とかとも、台湾すごいよねーめっちゃ買ってくれるよなぁ、とか話してて。
Pinkoiから出店のお誘いを受けた後、イベントで出会った台湾人に『Pinkoi』って知ってる?って聞いたみたんですよ。そしたら、「みんな知ってる」って。だから、誘われてるんやけど、正直どうしようか迷ってるって伝えたら「あなたは、絶対に参加したほうがいい。台湾で間違いなく人気出るから。」って言われて。
その時に「あぁ、Pinkoiって本当に台湾で実在している会社なんや、怪しくないんや」って思いました(笑)。それで、出店自体は無料やし、試してみるかって始めたんです。
ー その台湾人観光客の一言が、海外進出の決め手だったんですね。販売を始めてみて、彼女の言うとおり、人気はすぐに出ましたか?
弓削:
実を言うと、最初はあんまり反応なくて(笑)。日本と比べても、全然売れなかった。やっぱり送料が海を越える分、高くなるしね。でも、自分の中で流れが変わったと感じるのは、台湾で始めてイベントに出店をした時かな?
言葉も分からない、まだ人気も出ていない中で決めた海外イベントへの参加
ー その時が海外初出店だったんですよね。
弓削:
国内イベントではやり方というか、準備することも分かるし。何回も出店をしていく中で仲間もできてきたから。でも海外の出店は初めてで、しかも僕は英語も中国語も全然できへんから。決めたものの、不安で不安で。
ー どんな不安?
弓削:
まずは言葉。ネット上なら、分からへん言葉があっても、調べながら対応できるけど、現場ではそういうわけにもいかないし。
そして僕の作ったものが本当に海外で売れるのかが不安でした。なので最初のイベントはイベントに出店するというよりは、家族旅行として行きました。寂しかったっていうのもあります(笑)。
ー ドキドキの台湾初出店で、弓削さんはどんなことを感じましたか?
弓削:
ほんまに活気・熱気にびっくりしました。お客さんのテンションの高さは日本以上で。2日間ずっと途切れることなくお客さんが僕のブースの前に止まってくれて、商品を見て、そして買ってくれたんです。逆に家族は旅行気分で来てたのに、ずっと手伝ってもらって、悪かったなぁ(笑)。
出会ってすぐに「あ、これが欲しい」
ー 河童堂さんといえば、活版印刷。活版印刷との出会いは?
弓削:
元々、僕は紙専門のグラフィックデザイナーやったんですね。企業さんのカタログを作ったり、広告を作ったりしていました。デザイナーとして勤めていた会社を辞めて独立をして間もないころに、偶然活版印刷のイベントを目にして…。
ー もともと活版印刷に興味があった?
弓削:
実はそれまで見たこともなくて。でも活字を並べて印刷機でガシャンガシャンと刷っていく様子を見て、まさに一目惚れ。すぐに「あれ、欲しい!」ってなりました。
ー それまでもグラフィックデザイナーとして印刷には関わって来ていますよね?
弓削:
そうです。これまでも色々な紙媒体でデザインをしてきました。でも全部受注をもらって始めるタイプの仕事ばかりで。僕の仕事って待ってばかりだなって思っていたんです。
ー 確かに、デザイナーって他の人の考えや行動を助ける側面が強いですよね。
弓削:
そんなことを考えていた時に、活版印刷を見て、この印刷機があれば僕も自分でやりたいことを形にできるんじゃないかって思いました。
ー 一目惚れのあとはどんな行動を起こしましたか?
弓削:
まずは活版印刷のイベントやワークショップを探し出して、参加しました。参加するごとに、恋する気持ちはどんどん大きくなるばかりで…。3回目にワークショップに参加した時に、主催者の人に印刷機はどこで買えるのかを聞きました。
そして、販売している会社を紹介してもらい、車に乗って大阪から東京まで会いに行って、その場で買って持って帰りました。
ー まさに猪突猛進。活版印刷機を持って帰ってきた弓削さんを見て、家族の反応はどうでした?
弓削:
それが背中を押してくれたのは妻で…。普通なら怒ると思うんです。こんな大きな印刷機を買ってきて、しかも本業とは関係ないものだし。でも妻は、簡単に壊れるものでもないしまぁええんちゃうって。本当にありがたいですよ。
ー 私なら夫がいきなり印刷機を買ってきたら驚きます。うん(笑)。
弓削:
手に入れたあとは何か作ってみたくて、始めは名刺をよく作っていましたね。会う友だちに活版で名刺作らへん? って聞いて回っていました。友だちの名刺も一通り刷り終えると、さぁ次何しようかなと思い出して…。
ー 名刺は、そんな毎月刷るものでもないですしね。
弓削:
そうそう。それで次は僕の奥さんがイラストレーターで、周りにも絵を描く人が多かったから、彼らのイラストをポストカードにしてました。最初は楽しかったけど、ふと「あれ、これみんなの印刷所になってるだけやん」って気づいて、また少しモヤモヤし始めて…。
ー なんか違うと思ったんですね。
弓削:
そうなんですよ、せっかく何か新しいことができると思って、活版印刷機を手に入れたのに、楽しくないなーって。そんな時に奥さんが言ってくれたのが「あんたが、自分で描いて刷ったらええやん」でした。
どうせ下手なんやし、伸び伸び好きに描いたらいい
ー それまでは自分のイラストは印刷していなかったんですか?
弓削:
そうなんです、パソコンでつくったデザインや友だちのイラストのみで、自分の絵を刷るってことはしていなくて。
なんでかというと、昔からイラストを描くのって好きなんだけど、キレイに仕上げるのが苦手だったんです。下描きは線がイキイキしているのに、本番は線が死んでいる、と言われることもあったりで。デザイン学科イラストコースを卒業しているのに。
そんな経験から、ちゃんとした一本線のシュッとしたイラストを描かなアカンって自分で決めつけてしまって。
ー イラストに対する理想が高かったんですね。
弓削:
自分なりのイラストってこうあるべきっていうのが結構強くて。でも、奥さんが「あんたもともと下手やん。期待もしてへんし。自分で、下手なりに描いたらいいやん。」って言ってくれて。それでペンを取ってなんとなく描いてみたのが白くまだったんです
弓削:
別に白くまのこと好きでも嫌いでもないんですけどね(笑)。なんか頭真っ白にして描き始めたらいつの間にか描いていたって感じ。
ー 奥さんの一言が河童堂の始まりだったんですね。
弓削:
僕の絵に対して、「期待してへん」っていうその一言がすごく嬉しかったというか。今までちゃんとしたモノしか描いたらアカンって思ってたのが、力が抜けたんです。
初期のキャラクターの白くまも僕の理想の一本線ではなく、何本もの線で描いています。でも見ようによってはこの線の重なりが白くまの毛並に見えるなーと思って。
ー 河童堂のキャラクターの独特のゆるみ感は、やっぱり弓削さんも気負いなく描いているからなんですね。
弓削:
かもしれません。下書きもせんと一発勝負でゆるくゆるく描いてる。それから動物の絵を少しずつ増やしていって、今一番人気があるのはカエルと猫のシリーズかな。
自分のキャラクターがキティちゃんみたいになってくれたら…
ー 最近では活版印刷以外のアイテムも増えてきました。
弓削:
そうですね。最初の最初は変に意固地になってて活版以外はやらん! って決めてたんですよ。でも最近では、海外からのお客さんも増えて、その人たちが喜んでくれるんやったら、アウトプットの形は何でもええのかなって。
ー 活版印刷というよりは、弓削さんの絵が好きだから! というお客さんが増えてきたんでしょうね。
弓削:
そんな風に言ってもらえるとすごい嬉しい! 究極の理想ってスヌーピーとかキティちゃんみたいなキャラクターを生み出すことだと思っていて。カード、服、雑貨なんでもあるじゃないですか。そして誰からも愛されている。いつか自分が描いたキャラクターがあんな風になってくれたらええなぁって思っています。
ー じゃあ、今はもうイラストに対する苦手意識はない?
弓削:
今は目の前で喜んでくれている人を自分の目で見てきたし、ネットを通してでも感謝の言葉とかをもらってて…、自分が描くことに対しての苦手意識はかなり減りました。
もちろんこれはイケるって思った商品が全然売れなかったり、絵柄が変わって初期のファンが離れてしまったり…。色々あるけど、でも好きな動物の絵を描いて、誰かが笑っているのを想像すると頑張ろうってそれだけなんです。
弓削さんのお話を聞いて興味深かったのは、周りの反応を素直に受け止め、考え、行動されているということ。
台湾人のお客さんが多いな
台湾の人に台湾発のオンラインマーケットPinkoiを勧められた
下手でもいいから描いてみたらと声をかけられた…
ひとつひとつ、言葉を受けた時の直感を信じて、歩んでこられたからこそ、台湾はもとよりアジアのたくさんの地域から愛されるブランドになったんだなと感じた。
こんな弓削さんの姿勢、遠い目標ばかりを見てしまい、道を見失いがちな私こそ見習いたい。まずは周りの反応や私を応援してくれる人の言葉に耳を傾けること。
簡単なようで実は難しい。
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インタビュー・テキスト:東 洋子
写真:東 信史