画家と聞いて、頭に思い浮かぶのはどんな人だろう。
大きなキャンバスにペタペタと油絵の具を塗りつけてゆく人。もじゃもじゃヒゲのおじさん。浮世離れして、人里離れたロッジで黙々と毎日絵を描き、友だちは毎朝パンをせびりにくる小さなスズメたちだけ。
じゃあイラストレーターは、どんな人?
Adobeソフトを使いこなし、洗練された都心部のワンルームマンションで、ペンタブをコツコツ動かしながら、オシャレな絵を書いている人。週末はギャラリーでイラストレーター仲間の個展を楽しみ、バンドマンや雑誌編集者などの友だちも多い。
我ながらスゴイ偏見だ。
今回お話を聞いたのは、私から見ると「画家」なのか「イラストレーター」なのか判別がつかない作家『Jun Sasaki』さん。日本を越えて世界中で愛される絵を書き続けている、佐々木さんに、「画家」と「イラストレーター」の違い。そして彼が世界に向けて、描き続ける理由について聞いてみた。
趣味の落書きから、画家になると決めるまで
ー 私のように描けない人からすると、描くことを職業としている人がどんな道を辿ってきたのかってすごい興味があるんです。
佐々木:
小学校1年生のときに、クラスに1人めちゃくちゃ絵を描くのが上手い子がいたんですね。目にした瞬間、「うわっ、うま!」って思って。その時の自分には、その子が描いた花の絵がすごい衝撃的で。そこから、絵を描くっていいなと思って、ただ高校を卒業するまではずっと落書き程度のものを、暇つぶしに描くような感じでした。
ー 高校を卒業したあとは、絵の勉強を?
佐々木:
はい、美術とデザインが学べる専門学校に進学して。2年間学び、卒業制作で『ブレーメンの音楽隊』の絵本を制作したんですね。それまでも動物を描くことが好きだったんですけど、その時絵本を描いたことで、描くことの楽しみが分かったというか。絵が本当に好きになったんです。
それが20歳の頃だから、今日まで10年ちょっとずっと描き続けていますね。そして最近、やっと形になってきたと言えるかもしれません。
ー かたちに?
佐々木:
20歳の時に、漠然とだけど確かに「絵で生きていきたい」って思ったんです。そこから色んなことに挑戦したんですけど、やっぱり…すごい難しいんですよ。自己表現の絵を売って生計を立てるって。
自分の個展会場までの電車賃もなかった日々
ー それは学校を卒業されて、すぐに感じたんですか?
佐々木:
最初はグラフィックデザインの会社に就職したんです。そこで働きながら、趣味で絵を描いていました。だけど25歳の時に、1回自分の絵で挑戦してみようと思って、会社を辞めたんです。今思うと、完全に見切り発車ですね。そして案の定、ダメダメで。
ー その時は、どんなことに挑戦したんですか?
佐々木:
自分の絵をギャラリーで置いてもらったり、イベントに出店したり。もう大変でした(笑)でも思うように絵は売れないし、1年ぐらいで画家としてだけじゃ、食べていけないって気づいたんです。
ー その頃はどうやって生活を?
佐々木:
今はもう笑い話ですけど、ちょうど個展をやってて、でもそのギャラリーまでの電車賃さえなかったんですよ(笑)やべえと思って、出かける前に家の中の本とか漫画とかゲームをかき集めて、古本屋に売って電車賃作ったり。で、その個展でなんとか何枚か絵が売れて、あぁこれで今月は生き延びれる…。みたいな。
ー ギリギリ綱渡りな生活ですね。
佐々木:
ギリギリってかアウトですよ。完全にアウト(笑)それでこの頃、イラストレーターという職業をちゃんと知るようになってきて。
誰かのためにお金をもらって、絵を描くということ
ー 画家ではなく、イラストレーター?
佐々木:
そう、自己表現の絵ではなく、誰かのために絵を描くイラストレーターです。もろ商業よりのイラストを。もちろん自分の絵を売って生活したいけど、でもそれが無理ならせめて自分のイラストでお金を稼ぐのも悪くないんじゃないかって。画家を目指して1年くらいでそう思えてきたんです。26歳くらいでしたね。
ー 自分は画家だ! って思って会社も辞めて、自分のために絵を描いていたのに、今からは商業用のイラストを描こうって結構大きな転換ですよね。
佐々木:
そうですね、生活というかお金のための決断だったので。
ー 画家から商業用のイラストレーターへすんなり着地できました?
佐々木:
最初は抵抗がありました。自分で決めたことなんだけど、僕には僕の表現があるっていうプライドもあったし。注文されて描いた絵じゃなくて、僕の中から出てきた表現を見てくれ、買ってくれって気持ちがやっぱり強くて。
ー そうですよね。
佐々木:
結局は自分の力で自分の心持ちを変えることは無理で。周りの環境によって、イラストレーターという仕事も受け入れられるようになってきました。
ー 周りでどんなことが起こったんでしょう?
佐々木:
イラストレーターとしてイベントに出店するようになって。つまり「イラストを描いてほしいというご依頼お受けします」というスタンスで色んな人に会うようになったんですね。
そうしていると、ちょくちょくお仕事をもらえるようになったんです。最初は純粋に商業用の依頼を受けて描いていたんですが、だんだんと輪が広がるにつれて「Jun Sasaki」の絵が欲しいという依頼も受けるようになりました。
ー 商業イラストレーターとしてのお仕事が『画家Jun sasaki』に繋がったと。
佐々木:
自分の描いたものがぐるぐると巡って、また自分のところに戻ってきた感覚というか。画家とイラストレーターって全然違うものなんですけど。
ー そうですね、出発点が違いますよね。
佐々木:
イラストレーターは誰かのため、画家は自分のために描く。出発点が違っても、つながっていくのが面白くて。今はこの巡り合わせを自分でコントロールせずに、楽しんでそのまま受け入れている感じはあります。
絵の中に感情を込める難しさ
ー 佐々木さんは1枚の絵を描くのに、だいたいどのくらい時間がかかりますか?
佐々木:
調子がいいときは2時間くらいで一気に描き上げることもあります。でも仕事用の絵で、しっくりこないときは何十枚と描いては捨て、描いては捨てを繰り返してます。
ー うまくいかないなって言うときは、どんな点につまづいていますか?
佐々木:
表情ですかね。特に動物の表情。身体の形とか毛並みとか、ザラザラした質感とか、そういうのってテクニックでカバーできるんですよ。でも表情って、コントロールが難しいっていうか。
ー 技術的なアプローチでは解決できない?
佐々木:
うーん、動物の表情は本当に難しいんです。意識しすぎると、すごい漫画チックになってしまうし。でもリアル過ぎるのでもなく…、自然な表情を描きたいから。
ー 確かに佐々木さんの動物は表情がありますよね。人間っぽさもある。
ー 私は絵の専門的な知識はほぼないんですが、技法的な部分でここを見て欲しいってありますか?
佐々木:
筋肉と骨をかなり意識して描いていると思います。たとえばひじとか硬い部分は、ちょっと力を込めて描いたり、おしりとかほっぺなど柔らかい部分は優しく描くとか。
ー さわった感覚と感情が絵の中に込められているんですね。
今、「絵」を描く意味
ー 画家としてイラストレーターとして活動する中で、周りの評価とか気になりませんか?
佐々木:
昔は気にしてましたね。コンペとかあると、やっぱり賞を取りたいって思ってたし。今はそこまで周りの評価は気にならないですね。自信がついてきたということかな。
ー その自信はどこから?
佐々木:
画家としても、イラストレーターとしても「絵」で食べているという感覚が今はあるから。あとは、周りの人にも恵まれていて、みんな最初食えなかったころから応援してくれているし。
ー じゃあここから、自分の絵でもっと稼いでいく! という気持ちってありますか?
佐々木:
お金ですか…。もちろん興味ありますよ。イラストレーターになったのもお金のためですから。でも、自分の絵を印刷工場で大量生産して、売るっていうのは抵抗がまだすごくあって。
ー なぜ抵抗感を抱くんでしょう?
佐々木:
例えば、野菜とか洋服とか家具とかって生活の中で絶対に必要じゃないですか。でも「絵」って究極いらないじゃないですか?別になくても生きていく中で全く支障がない。
佐々木:
だからこそ、部屋に一枚の「絵」があるだけで、ちょっと心が安らぐことってあると思ってて。画家としても、イラストレーターとしても僕は、手に渡った人の名脇役になってくれよって思いながら描いています。僕の絵があるから、ほんのちょっとかもしれないけど頑張れるとか、笑顔になってくれたら嬉しいなって。
ー そうですね、絵にこもった佐々木さんの思いは大量生産できないですもんね。
佐々木:
頑固だなって自分でも思います。でも「絵」が好きだから。その思いだけは簡単には捨てたくないんです。
小さい頃、大好きだったお絵かきは、いつの間にか一番苦手な事になっていった。でも、その絵筆を置いた私の一方で、お絵かきを仕事にした人たちがいる。それが「画家」と「イラストレーター」。
今回お話をお伺いして、今まで自分と遠い世界にいた「描いて生きていくと決めた人たち」が、私たちと同じように「何者かになりたい」と日々迷って、止まって、諦めて、また進んで…を繰り返しているのだと思った。
「絵」なんて生活に必要なんてないと言い切った佐々木さん。でもこの取材の後、佐々木さんの作った便箋で大事な人に手紙を書いたんです。私の書き綴った言葉ひとつひとつに、動物の絵がやさしく寄り添ってくれた。その瞬間は、確かに私のために描かれた「絵」と言えた。
今日もきっと佐々木さんの絵は世界の色んな場所で、色んな人の生活に寄り添っているんだろうな。
佐々木さんの作品はこちらから
テキスト・写真:東 洋子
協力:三谷 朗裕